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「羅針盤」抜粋 〜市村次男さん《1》〜

「町並み修景事業」とブランディングの符号

 1980年から87年まで実施された「小布施町並み修景事業」を皮切りに、小布施のまちづくりを牽引した小布施堂社長・市村次男さん。古来、異文化を寛容に、真摯に受け入れ、豊かな地域文化を育んで来た小布施の歴史に、敬意と誇りを持ちながら、世界から旅行者を誘う、深い魅力のある街を創り上げて来られた方です。
 2009年の4月、市村家本宅・築100有余年の古い大きな屋敷で、日本の文化とまちづくりをテーマに、お話を伺ったことがあります。歴史を今に活かす手法、街並、地域を、ひいては社会を文化的に創ってゆくためのさまざまな手法についての、まる一日かけた対話だったのですが、その中から、まちづくりとブランディングの両方に符合する部分を抜粋してみました。いろいろな系列で符合する、このふたつのテーマは、経済と文化、地域と産業など、ブランディングについての多面的な考察を加えて行くときに、有効な視点を提示してくれるはずです。

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市村次男さん


デザインのための伝承

 デザインというのは、もともと、歴史とか風景とか、その場にある事象を、すべて踏まえるべきだと思うのですが、日本の、建築も含めて、デザインというのは、そういう部分がおざなりにされてきているように感じます。現状の自己実現の範囲を出ていなかったり、踏まえるべきものを踏まえていないために、突飛だったり、うそっぽかったり、ちょっと迷惑なデザインが出てくることが多いですよね。けれど、小布施の町の出来事を見ると、80年代くらいからもう、デザインはどうあるべきかということが考えられている印象がありました。当時からその認識はありましたか?

市村 ありましたね。いちばん分かりやすい例が、その頃、80年代の中頃から使っている栗のパターン模様です。そのときにこだわったのは、栗にまつわる小布施の歴史です。室町時代から栗の栽培が始まったという小布施の歴史がありますから、じゃあ、やっぱり栗は、なろうことなら「室町時代の栗」というのがいいんじゃないか、ということで、その時代の手箱の横に彫られた栗の模様を取り出して、それをコンピューターでパターン化した。今なら簡単にできるんですけどね、30年前の話ですから、それは大変な作業でした。
 やっぱり室町時代だから、栗の模様なんだけれども、広い意味の唐草模様、葡萄唐草なんですね。ですから、よく見ると、栗以外に蔓のようなものがあって、ぶどうの実らしいものも入っている。それは、現代に考えられた作為的なデザインではなくて、鎌倉時代、あるいは南朝、吉野朝廷の時代、つまり13世紀から14世紀の頃に、南宋あたりから、シルクロード周辺の文化が入ってきた、それを日本が受け入れた当時の模様なんです。だから、なんともいえず、600年前の雰囲気というのは、感じるられるんじゃないかと思うんですね。

 市村さんが、ご自分のお仕事として、この小布施堂や升一酒造のことを始められたのは、いつぐらいのことで、何代目の当主に当たるのですか?

市村 年齢でいうと31歳で、年代でいうとまさに1980年、昭和55年の1月からです。小布施堂の社長としては、たぶん4代目くらいだし、酒屋でいえば10代目くらいですが、ただ、この場所で一族が商売を始めてからは17代目です。

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複合性、全体性の面白さ

 ちょうど1980年、大学生だった頃に、僕は小布施に来ているんです。そのとき、小布施っていうイメージが既にあって、たぶん観光地というイメージがあって、観光を目的にして来ているんですね。で、升一酒造でお酒を買って帰ったんですが、じつは、今ほど街に降り立ったときに、はっきりとした景観の印象、美しい街並という印象はなかった。今は、この街全体がものすごく印象深い、美しい景観ができているんですが、どんなふうにして、この街の景観は形成されたんですか?

市村 大きな流れとして、小布施の産業の変遷があります。「栗菓子」というビジネスが、明治、大正、それから戦前の昭和、戦後の昭和30年代か40年代ぐらいまでは、産業としては農業と工業であり、メーカーだったんですね。それが、昭和30年代あるいは40年代くらいから、やっぱり直接お客さまに売って行こうという、言ってみれば、メーカーが川下に降りるようになって行ったんですね。それと、北斎館のような、歴史に着目した施設ができて、もともと人が訪れる街ではないのが、少しずつ人が訪れる街になってきた。そうなると、この街をどういう形でリニューアルしていくのか?という、これが重大なテーマになりますね。
 そうしたときに、まず考えたのは、生産拠点もこの一角にあるのが面白いだろう、ということでした。あまりゾーニングされちゃって、ここは観光客に来てもらう場所、ここは住む場所、ここは生産する場所っていうふうに分かれて行ったら、街は面白くなくなってしまう。だから、基本的に、いろんな機能を同じ場所に配置して行った。そのころ、それを表現する言葉がなかったので、我々は「機能の複合性を追求することによって、街は面白くなる」という言い方をしていたんですね。10年以上経ってから、ようやく、都市計画とか都市工学の世界で、「混在性の重要性」みたいな言葉で言われるようになってきたんですけど、そういう、共通して認識された言葉がなくて、理解してもらうのに、ちょっと苦労した記憶があります。
 けれど、やっぱりあの、子どもの頃に暮らしていた街の、混在性の面白さってあったわけで、それは、今よりもう少し農業というものに近い形だったのですが。今は、この建物の裏手は、ほとんど栗菓子の工場になってしまいましたけれど、私が子どもの頃は、酒屋の桶を干す場所であり、夏は畑であり、敷地内で鶏も飼っていたし、牛も豚も飼っていた。やっぱり混在していたんですね、いろいろなものが。一方で、酒も造っている、羊羹も作っている。それが、農業から少し離れて商業の方へ、店舗であるとか、飲食であるとか、そっちへシフトしては行っていますが、いろんな機能がこの場所にある面白さっていうのは、やっぱり大事だろうと。

 日本というのは戦後、どんどん細分化して、分けて、分けて、分かりやすく分類して行く方へ進んで来ましたね。その流れの中で、市村さんはどういうところから、そのことを感じ取られたんですか?

市村 私はかつて化学の会社に勤めていました。とりわけ、茨城県の鹿島コンビナートに3年ぐらい生活していたのですが、そこで、ゾーニングというものの味気なさを、いやというほど感じました。
 地図上では美しいんですよ。ここは生産エリア、ここは商業エリア、住宅エリアって。でもそこに生活してみると、あんな面白くない街はない。
 今でこそ、そういうのは面白くないって、社会的にも認知されましたけれど、よく、20年前、30年前は、住宅の適地っていうのは、閑静な住宅街だという考え方が濃厚だったわけですね。しかし私はずっと、生活の場っていうのは、いろんなものがごちゃごちゃしていた方が絶対に面白いと思っていました。閑静な住宅街っていうのは、学者を養成するとか、そういうことだったらともかく、ライブ感のある人間を養成するには、ああいう、住宅だけっていう場所はけして適してない。それから、商業施設だけというのも、それはそれで面白くないことはないけれど、どこかそれは、リアリティーというよりも、イリュージョンの世界に近いものになって行ってしまうし、なんだか、地から舞い上がっちゃったみたいな街になっている。それから、昔の生産と違って、今の生産というのは大変機械化されていますから、生産地帯っていうのも言いようのない寂しさがあるんですね、人気が少ないという。だからやっぱり、地図上ではごちゃごちゃしているかもしれないけれど、いろんな機能があることによって、温もりもあるし、変化もあるし、非常にそれは楽しいことだ、という実感がありましたね。

 たぶん、それに類することが、いろんな分野であって、学問も分類されて細分化されて、特殊な知識はその中で研究されて先鋭化して行くんですが、それを社会でどう使って行くべきか、というところが、細分化されて全体性を失って、わからずに進んでいる。

市村 細分化すると、すぐ専門家に振っちゃうんですよ。専門家、専門性は必要なんですが、専門家に丸投げするのはあんまり良くないんですね。ディテールは確かに詳しいし、細かいんだけど、スケール感は出てこない。全体の方向性とか、あるいは面白みとか、そういうのは芽が摘み取られちゃうところありますね。
 ヨーロッパやアメリカでは、都市の在り方として、ゾーニングもひとつの考え方ではあったけれども、それぞれが分けられることで、モノカルチャー化しちゃうということが実は面白くない、という考え方も、かなり強くあったんですね。けれど、日本はなぜか、ゾーニング一色になってしまった。今はだいぶ、そうではない方向の考え方が広がってきていますが、たとえば、わかりやすい例では、東京の大手町、丸の内とか。オフィス街に商業施設が入り込んで来ているのは、その方向のことだろうなと思うんですね。ただ、「住」、住むということが、まだ入って来てはいないけれども。

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《2》へつづく

※2009年4月に行なわれたインタビューから「地域のデザイン・プラクティス」ブランドのトータル・デザインに関する部分を抜粋しました。
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宮内俊宏

Author:宮内俊宏
音楽・文化・アートを柱に、社会が、おもしろく、少し幸せになるような、いろいろなことを試みています。

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