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「事の神送り」を追いかける(その1)

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 古来伝承する民俗芸能の宝庫・南信州。阿南町周辺で行なわれる四季折々の祭り、天龍村や遠山郷の霜月神楽、そして大鹿歌舞伎など、既に有名になっている民俗行事を筆頭に、国指定あるいは選択の無形文化財だけでも10以上を数えます。さらに県や市町村の文化財から無名のものまでを含めると、本当に数えきれないほどの魅力的な民俗行事が山深いこの地域に潜んでいるのです。

 「事の神送り」はまだあまり知られていない行事です。ホームページで検索してみてもほとんど記述が見当たらない。けれどこの行事は、南信州、秋葉街道を中心とする山間地域の歴史や習俗を伝えるとても魅力的で重要な行事なのです。
 「事の神送り」一連の行事が行なわれているのは、飯田市上久堅を中心に、千代、龍江、そして喬木村といったきわめて限られた隣接地域。日本の各地でさまざまな風習が伝えられているコトヨウカ行事(事八日行事:12月と2月の8日に疫神が去来するという言伝えにまつわる行事)のひとつになるわけですが、その中でも、この地域では特に個性的で濃密な流儀によって伝承されています。

 南信州の伝承文化を個性的な地域づくりのために振興しようと昨年2008年の4月から飯田市を拠点に始まった「フォーラム南信州~祭りの流儀~」が、今年2月の行事に合わせて「事の神送りを追いかける」というプログラムを敢行しました。
 飯田市美術博物館・桜井弘人氏の調査チームを除いては部外者が踏み入ったことのない未知の行事「事の神送り」。その行事に、地元・飯田市周辺はもとより、南は静岡県磐田市、浜松市、北は岡谷市から、伝承芸能や文化、地域政策についての認識を持った20名ほどが集まりました。プログラムの参加者は2月7日から9日にかけての3日間、上久堅越久保(こいくぼ)、そして千代芋平(いもだいら)から北上して喬木村との北境まで、祭列を追って歩き回ったのです。
 ものすごく面白い、楽しくて考えさせられる3日間でした。

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 上久堅は南信、伊那谷南部の竜東(りゅうとう)と呼ばれる、つまり天竜川の東側にある中山間地にある地域です。地域の平均標高およそ750メートル、伊那山脈の西向きの斜面に広がった南北に長い机状の高地です。はるか眼下に箱庭のように見える飯田の市街地。天竜川対岸に連なる2,000メートル級の木曽山脈を眼の高さに眺め、広々とした空が間近に見え、夜は零れるような星空が天蓋となる天空の里です。

2月7日、上久堅越久保(こいくぼ)

 風張(かざはり)という上久堅の中心部から東へ、秋葉路に沿って伊那山脈の山裾を登り始めるあたりが越久保です。上久堅の中でもひときわ見晴らしの良い高台にあります。ここを通る秋葉路は小川路峠を越えて遠山郷の上村、秋葉街道の本線へ抜ける山道。かつての越久保は秋葉路を往来する荷物輸送のための馬宿が並び、遠山郷と伊那谷の間で行なわれる生活物資の仲買によって潤っていた地区です。

 秋葉路沿いのひときわ飛び出した高台の突端に「越久保センター」があります。「事念仏」「風の神送り」のホームになる場所。越久保地区の集会所で、宿泊研修施設の機能も兼ね備えています。広々とした2階建て、屋根裏に天体望遠鏡、木をふんだんに使ったとても居心地の良い家屋です。2階の和室からは伊那谷の大パノラマを一望できる。フォーラム南信州「事の神送りを追いかける」チームはここに一泊して、7日の夕方から8日の朝にかけて行なわれる越久保の「事念仏」と「風の神送り」を見学するのです。

 7日の夕方。
 越久保センターに子供たちが集まって来ています。「事念仏」の準備が進みます。

 越久保の「事の行事」はこの地域の中でも更に特殊で、「事念仏」も、翌早朝の「風の神送り」も、現在でも完全に子供たちだけで執り行なわれています。それも8歳から13歳の子供たち。13歳の最年長者が「頭取(とうどり)」となり、同年、一年下くらいの子がそれを補佐。年少者を統率しながら、みんなで話し合いながら、その年の祭りを進めます。
 大人たちはそれぞれの家の門口や集会所・越久保センターで静かにそれを見守ります。基本的に大人は誰も祭列に随行せず、口出しも一切しません。

 夕方4時。
 越久保センターの広い庭の一隅で太鼓と鉦の音が鳴り始めました。
 「事念仏」のはじまりです。

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 太鼓を背負うのが「頭取」。祭列を仕切ります。同年、一学年下のうちの2人が頭取の背負う太鼓を叩き、もうひとりが鉦を叩きます。それ以外の子供たちが越久保センターの敷地をグルグルと走り始めました。みんなで念仏を唱えながら、何周も回ります。

 「光明遍照、十方世界、念仏衆生、摂取不捨、南無阿弥陀仏(ナンマイダー)、ナンマイダー」。

 太鼓と鉦に合わせた一定律で念仏を唱えながら7周走り、いよいよ「事念仏」の祭列が出発。まずは、越久保センター脇のお堂にお参りします。

 この地域の集会所はどこも、元はお堂でした。越久保センターのお堂は愛宕様。今はとても見晴らしの良い段丘の突端に祠となって祀られています。周囲は畑。いくつかの墓標が南や西を向いた暖かそうな斜面に、伊那谷の風景を見晴るかすように立っています。居心地良さそうです。

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 「事念仏」は子供たちが集落を廻って人家や神様が祀られている場所で念仏を唱える行事です。先頭を行く「頭取」が背負っているのは獅子舞に使う大太鼓。けっこう重い。その後ろを、年少者たちが続いて念仏を唱えて廻ります。
 随分早足で進みます。急な坂道の多い越久保の複雑に折り重なった段丘を縫うように、子供たちは足早に元気に家から家へ、神社や祠へ、集落の中を順番に回って行きます。

 家々の玄関口や神仏の前に並ぶと、頭取の「今日事を申します(こんにちこ~とをもうします)」という口上に続いて念仏を唱えます。何回か念仏を繰返した後、頭取は「神様はいらっしゃいますか?」と家の人に訊ねます。ある家は家の中に神棚があったり、ある家は庭先にお地蔵様があったり、あちこちにいろいろな神様が祀られているので、子供たちはひとつひとつ、玄関先から神様の方を向いて神様の名前を呼びかけ、口上を述べてから念仏を唱えます。

 一連の念仏は、頭取の先導、太鼓と鉦に合わせてリズミカルに進みます。念仏が終わると「会計」の子が家の人から「オダチン」を受け取ります。そして「お宝」といわれる五色の幣束を頭取の背負う太鼓に挿してもらって次の場所へ向かうのです。
 早足で向かいます。
 「だいぶ足はやい、追いつくのがやっとだ(汗)」と音を上げていると、「まだたくさん回らんならんもんで、早くしんと夜中になっちゃう」と言う。

 子供たちは元気です。急な坂道をものともせずに駆け上がります。みんな素直でのびのびしています。頭取の言うことをよく聞き分け、みんなで真剣に話し合います。

 越久保の起伏に富んだ野辺には、あちこちに神様がいます。古い道祖神やお地蔵様、路傍の石、桜の古木。大切に守られて来た神社があり、鬱蒼とした鎮守の森があります。秋葉路の先、権現山の方から流れて来る川のせせらぎと風の音しかない静かな谷間に、太鼓と鉦と元気な子供たちの念仏が響きます。あっちへ、こっちへ、事念仏の気配が渡って行きます。

 坂道を一番底まで下った集落のはずれ、最後の家で念仏を終えた子供たちは集落の内側を向いて横一列に並びます。ここから坂の上の次の順路まで念仏を唱えながら一気に駆け上がるのです。絶対に振り向いてはいけません。事の行事は全体的に後ろを振り向いてはいけないことになっているのですが、村はずれから内へ戻って行くときは特に厳重で、ひとりでも、少しでも振り向いた者がいると、後ろ向きのままスタート地点まで戻って最初からやりなおしになるのです。
 坂の頂上まで戻ると、横一列に並んで頭取の到着を待ちます。
 「うら向いたやつはいないか?」頭取の厳しい詰問が飛びます。
 もじもじしていた小さな男の子が、ほどなく「向いた」と白状します。
 全員坂の下まで逆戻りです。

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 今年の「会計」の女の子です。なかなかしっかりしたかんじの女の子です。手にしている帳面に各戸から渡されたオダチンの金額が記入されています。
 越久保の事念仏は完全に子供たちだけで進められます。途中で何か問題が持ち上がると、その都度、村の辻々で頭取を中心に話し合いが始まります。みんなで話します。
 下級生たちが次の運びに行けるまで、頭取は腕組みしたままじっと待ってたりすることもあります。当然、その年の頭取によってやり方が違うのですね。周りで見守っている大人たちの話では、今年の頭取は随分厳しいらしいです。なかなか頼もしい少年です。

 日暮れころ、頭取の少年の家で、事の行事の儀礼食「コトウボタモチ」が振る舞われます。その年の頭取を務める子供の家で祭列をもてなす習わしなのです。
 西の山の端に太陽が沈むと、越久保の里はどんどん暗くなって行きます。頭取が「一番星見つけたやつには褒美をやる」と。だいぶ歩き疲れて来た子供たちがにわかに元気づきます。

 日が沈むと、念仏を導く頭取の口上は「今晩事を申します(こんばんこ~とをもうします)」に変わります。

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 夜。
 月明かりに浮かぶ越久保・天空の里の風景です。神様がそこかしこに里を見守る、美しい夜です。
 事念仏の子供たちは一旦越久保センターに帰って夕食です。お母さんたちが「コトウボタモチ」や豚汁を用意して待ってくれています。しばし休憩。

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 越久保センターの夕食です。
 ここに一晩宿泊するフォーラム南信州の参加者のために上久堅のご婦人方が美味しい夕食を用意してくれました。もちろん御務め中の子供たちと同じ「コトウボタモチ」が中心の祭りの食事です。ボタモチはとても嬉しい、黒胡麻、黄粉、青豆粉、小豆餡、4つの味です。
 上久堅のご婦人方はとても気前が良くて料理上手。ショウガの利いた具沢山の豚汁が大鍋いっぱい。なんとも美味しくて4杯!おかわり。緑色のお茶の粉をまぶした大豆、御葉漬け、上久堅の露地で採れた野菜や郷土食がテーブルいっぱい。

 越久保センター。
 また泊まりに行きたいものです。

 そして、食事を終えた子供たちはふたたび夜の里へ歩きだします。少ししめった夜風の向こうへ、太鼓と鉦と念仏の声が続いて行きます。念仏が通る家の庭先で犬が遠吠え。
 満月のあかり、明るい夜空に負けない満点の星、遠くに飯田市街地の明かりが宝石箱のように、銀河のように帯なしています。
 神秘的な空気が流れる天空の里で、古来の流儀を濃密に残した行事を守り続ける人々。

 「事念仏」。とても面白い行事です。

 あらゆる部分で窮屈になっている日本の社会で、夜遅くまで子供たちだけで運営されるこのような行事はあまり見ることがありません。子供たちはのびのびと気持ちを通じ合わせ、男の子も女の子も、上級生も下級生も、それぞれの立場を理解しながら自由に交わっています。

 たとえば仲間にちょっとした問題児がいても、この行事の中でその子の居場所は自然に用意されています。その子が少し規律から逸脱しても殊更に追求せず、誰も爪弾きにせず、自然に受け流しながら、その子が再び合流できるときには自然に仲間に入れるのです。完全に規律を破ったときはわかりませんが、適度に緩く、仲間の関係性は保たれています。
 
 自分たちで自律して、行事の仕来りを守りながら皆でひとつのことを成し遂げる。その労に対して「オダチン」という対価が支払われ、それは全部集められ、頭取によって全員に平等に分配される。ここではまだお金の感性が守られているように感じます。

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不思議できれいな夜景をバックに事念仏の記念撮影

 さて、越久保センターで一夜を明かし、8日はいよいよあちこちの神送りを追いかけます。この地域が辿って来た歴史、地理的要因を踏まえながら、魅力的な智慧の結晶である文化をどう活かし、人々の豊かな生活に繋げて行くことができるか。神送りの道すがら、考えます。

 続きは(その2)で。

 ~つづく~
【Ngene掲載:2009年2月13日】
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宮内俊宏

Author:宮内俊宏
音楽・文化・アートを柱に、社会が、おもしろく、少し幸せになるような、いろいろなことを試みています。

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