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雪まつりを追いかけて新野をあるく

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 新野の郷はずいぶん高い、高い山を越えたところにあります。長野県の南端、阿南町新野。飯田市から南へ国道151号線を30分ほど走った阿南町の中心部から更に30分、つづら折りの急坂を登りきり、峠を越えたところに、ぽっかり忽然と出現する、やさしい空気の高原の郷です。周囲をぐるりと、薬研の縁のように滑らかな山で囲まれていて、なんだか守られているような安堵感を感じるのです。

 国道151号線、かつての遠州街道は「祭り街道」。ふもとの早稲田では「人形浄瑠璃」、深見の「祇園祭」、隣りの谷筋に入ると、日吉の「御鍬(おくわ)様のお練り行列」、和合の「念仏踊り」。遠山郷や奥三河地方、豊根村や東栄町、新城といった、神楽や薪能、田楽などの民俗芸能の伝承地へもほど近く、ここ新野は、天竜奥三河をめぐる「祭り街道」の中心地と言えるかもしれません。新野だけでも「行人様御開帳」「盆踊り」「霜月祭り」「雪まつり」、民俗芸能としての色彩も濃密な、神送りの系譜を継ぐ年中行事が季節ごとに行われています。

 柳田國男と並ぶ日本民俗学の開祖・折口信夫は「雪まつり」に惚れ込み、幾度となく新野を訪れたそうです。いわく「芸能を学ぶものは一見の必要あり」。初めて雪まつりを見たときに、厳然と祭の流儀を崩さない新野の人々の誇り高い情熱に触れ、すっかり魅了されてしまったということなのです。今でも、その雰囲気は祭の中にくっきりと継承されています。

 「雪まつり」。
 新野の南はずれの高台にある伊豆神社で、田楽、舞楽、神楽、猿楽、といった日本の歴史に特筆される民俗芸能が夜を徹して繰り広げられる、ものすごいお祭。

 本祭の日、祭の行列「お上り(おのぼり)」を追って新野の郷を歩いてみました。

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 「お上り」は、新野の北はずれにある諏訪神社から出発します。祭のための面、装束や道具を、雪まつりの舞台である伊豆神社まで運ぶための行列です。

 街道の東側に広がるなだらかな畑の斜面を、諏訪神社の参道がまっすぐ登っています。平地の端に林が並び、その背後に小高い里山がぐいっと盛り上がっています。
 ひときわこんもり繁る諏訪神社の森に、出発を待つ人々が並んでいます。

 内輪衆、氏子総代、市子(いちこ)と呼ばれる氏子の少女に先導された行列には、いろいろな装束をまとった大人や子供、弓、旗、真紅の陽傘、太鼓、そして、祭の道具を納めた「御輿」などを担いだ、いろいろな役割の人々が並びます。太鼓を背負った人から後ろ、行列の後ろ半分は、手に手に笛を持った四十人の子供たちが続きます。

 行列はゆっくりと出発。ゆったりと単調な太鼓の音に合わせて、風雅な笛の旋律が繰返されます。白い雪に被われた野辺を、楽の音とともに通り過ぎて行く行列は、なんとも幻想的。

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 総勢四十名の子供たちの笛の音は、みごと。みんな、各自の笛を持って、伝承されている旋律をしっかり奏でながら、歩いて行きます。新野では、学校で祭りの笛を習うのです。だから、みんな本当に馴れた指使いで、この節回しを奏でています。
 先頭の市子にはじまり、行列には、いろいろな年齢の子供たちが、それぞれの役どころで参加しています。誰でも良いわけではありません。行列に参加できるのは、概ね7歳から15歳まで。少しずつ役割があって、その仕来りに従って行列ができているのです。子供の人数が減少して継承が危ぶまれる祭があちこちにある中で、雪まつりに参加する子供がこれだけ多いのは、頼もしいかぎり。

 行列は、畑の中の道を進みます。沿道の家々は、門口に赤い提灯を掲げて行列を見送ります。このあたり、諏訪神社の周辺は大村という地区。諏訪神社の氏子の集落です。畑の間に家々が散在する牧歌的な風景。「お上り」の行列は、広々とした野辺を、ゆるり、ゆるりと南へ向かいます。

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 大村のはずれにある家の前で、やおら笛の音が陽気な旋律に変わりました。それまでゆったりしていたテンポも、にわかに早まります。
 この家は、かつて「お上り」の出発地点だったということです。おそらく、この大村集落の有力者だったのではないでしょうか。その当時は、祭の道具がこの家に納められていて、家の前でひとしきり舞を舞ってから出発していた、ということなのです。その習慣が形を変えて現在の仕来りになっているのです。ちゃんと昔の事を記憶の中に留めた仕来り。活きた文化ですね。

 行列を見送る、おばあちゃんとお孫さん。
 このお孫さんも、去年までは行列に加わっていたのです。きっと、幼い頃の市子に始まって、ずっと「お上り」に参加していたのでしょう。今年は高校生。「お上り」は卒業です。行列を見送りながら「一緒に行きたい」と、おばあちゃんや近所の人たちと話しています。
 おばあちゃんが手にしているのは、お浄めの水。塩水です。行列が近づくと、南天の葉でこの水を祓って、場を浄めるのです。

 白く雪の積もった野辺を、優雅な笛の音とともに、行列はゆっくり進みます。

 新野の郷には、野原や路傍のあちこちに無造作に、こぢんまりと、お墓があります。一カ所に集められて塀で囲われている墓地はありません。陽当たりの良い土手の上などに、当たりまえみたいに、すぐ近くに、ぽろぽろとお墓が立っているのです。お墓には、必ず新鮮な果物が供えてあったりします。なんだか、死者やご先祖さまとの距離も、心地よい。

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 大村を抜けた「お上り」の行列は、国道151号線「祭り街道」を南下します。ここから1時間半くらいかけて、南はずれにある伊豆神社まで行くのです。

 新野は、昭和中期に合併で阿南町が誕生するまで、旦開村(あさげむら)といいました。今は、新野の中心にある郵便局や数軒の商店などに、その名前を留めるのみ。この山間地の行政区画は、明治期から著しく変わってきています。その昔は、それぞれ里ごとに細かく分かれた小さな村だったようです。明治初期に、32あった小さな村が合併して富草村、大下条村、旦開村の3つに。その後の市町村制施行を経て昭和中期まで、何度も分立と合併を繰返した後に阿南町になった経緯があります。この山間地の特異な地形や里の広さ、分布がその要因となったのでしょうか。

 「お上り」を待ち受ける新野の中心街。原町、東町、本町、という3つの地区から成る商店街です。山深いこの場所に、これも忽如として現れた天空の街のような雰囲気。
 そしてここは、夏には盆踊りが行なわれる街路です。
 「新野の盆踊り」。
 盆踊りといっても、太鼓や三味線の賑やかな音頭を踊るものとは、ひと味違う。数名の音頭取りの唄と踊りが折り重なって、朝まで続く神事に近い祭りなのです。踊り手や観衆と音頭取りが掛合ったり、唄い合ったり、徹夜でいろいろな唄や踊りを繰り広げるのです。これもすごい祭りですね。

 さて、行列の到着時間が近づくと沿道の家々から、辻々から、人々が街道筋に出て来ます。家の軒下には、大きな赤い提灯。行列が近づいて、笛と太鼓の音が、かすかに街の奥から聴こえて来ます。だんだん陽は傾き、赤い提灯に、あかりがともり始めます。きれいです。

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 行列がやって来ました。沿道の家の人々が、てんでにお浄めの水を入れた桶や器を持って、リレーのように家から家へ、行列の先頭で水を祓います。みんなが南天の葉を使うのかと思ったら、そうでもありません。松の葉を使っている家もあります。南天は難を除ける。松には神が宿る。

 本町のはずれで商店街は終わり、「お上り」の行列は、南へ曲がって終点・伊豆神社の氏子の集落である砂田、栃洞(とちぼら)へ入って行きます。

 砂田の集落では、どの家も玄関口に鬼木(おにき、あるいは、にゅうぎ)という、独特の松飾りが設えてあります。薪を積み重ねた独特の松飾り。これは、新野だけに見られる小正月の松飾りです。ちなみに、正月は一般的な門松を立てます。その門松は、正月が終わると神社に集められて、雪まつりの松明に使われます。
 路傍の茂みに隠れた祠にも、鬼木が飾られています。いいですね、この祠。砂田集落に入るとすぐの道端にあります。

 雪まつりの舞台となる伊豆神社です。新野の南部、砂田集落の路地の中ほどに鳥居が立って、そこから、小高い山の中腹にある境内まで、急な石段、坂道の参道をひとしきり登って行きます。

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 行列が伊豆神社の入口に到着しました。諏訪神社を出発してからここまで、およそ2時間弱。長い行列の最後に、ひっくり返るくらい急な石段。みなさん、ものともせずに登って行きます。色とりどりの旗や道具が、蛇行しながら斜面を登って行きます。

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 伊豆神社の鬱蒼とした森の中の参道。こんなに急な階段、手ぶらで登るのでもずいぶん大変。みなさん、道具を担いで登るのです。大きく仰ぎ見た所に、境内の明かりが見えます。

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 参道の途中で振り返ったら、眼下に、とても幽玄な新野の郷の夕景。真っ白な冬景色なのに、なんだか、暖かい風景です。すぐ足下の集落が砂田、向こう側の山のふもとが栃洞。

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 行列の通り過ぎた砂田集落の玄関。「お上り」の行列が伊豆神社の境内に到達したころ、すっかり陽が落ちて暗くなった家々は、提灯に赤く照らされて、ひっそりと静まり返っています。雪まつりのクライマックスまで、しばし休憩です。

 さっき行列で賑わっていた街も、別の場所のように静かです。凍った路面に、街灯や提灯の明かりが反射してます。きれいな街並です。深夜、伊豆神社の境内に松明が灯るのを、次から次へと舞が繰り出される時間を、静かに待ち構えているみたいです。

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 そのころ、伊豆神社の境内では「神楽殿の儀」が行なわれていました。

 伊豆神社は、とても美しい神社です。急な階段を登り詰めたところに忽然と現れる境内。瀟洒な姿の本殿、長い高床の渡り廊下で繋がれた右翼に、この神楽殿があります。深い森の匂いが満ちています。そこかしこで焚火の煙。薪の燃える匂いというのは、ほんとにいいですね。

 神楽殿では、おじいちゃんから子供まで、笛と太鼓に合わせてかわるがわる踊り続けています。松明に火が放たれて祭りが賑やかになって行くまでの数時間、延々と静かに舞が繰返されます。
 舞の合間には、長老のおじいちゃんが、屋台からヤキトリを買い込んで、子供たちに振る舞います。いろいろな話をしながら、3世代に渡る智慧の交流が、この祭りの中で行なわれます。

 「雪まつり」。
 深夜午前1時に松明に火が放たれます。
 ここから先はとんでもなくすごい世界に入ります。
 別世界です。

 これについては、もっとしっかりしたレポートを、来年の雪まつりには実現したいものです。
 今回のレポートは新野の郷を紹介するに留め、この日、朝まで伊豆神社で過ごした戸塚基治さんの写真を数点お借りして「雪まつり」本祭りのほんの一部をお伝えします。

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「神楽殿の儀」「大松明起こし」「伽藍様の祭り」
「乱声(らんじょう)」「幸法(さいほう)」「茂登喜(もどき)」「競馬(きょうまん)」
「翁」「松影」「正直翁」「海道下り」「神婆(かんば)」
「天狗」「八幡」「しずめ」「鍛冶」「田遊び」
 ……雪まつりの次第。
 ものすごく楽しそうです。

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写真:宮内俊宏、戸塚基治 文:宮内俊宏

【Ngene掲載:2009年1月29日】

阿南町ホームページ「新野の雪まつり」
戸塚基治さんホームページ「与話情浮世蜻蛉」
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宮内俊宏

Author:宮内俊宏
音楽・文化・アートを柱に、社会が、おもしろく、少し幸せになるような、いろいろなことを試みています。

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