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路地サミットを駆足で振り返る

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 2003年、昭和初期の商店街が多く残る東京の下町・十条から始まった「全国路地サミット」。再開発やマンション化によって潰され消えて行こうとしている路地の魅力、価値、必要性を再認識し、これからの日本の社会でどうあるべきかを考え、普及して行こうというムーヴメントです。
 2年目の2004年は大阪市中央区の空堀。大阪市の中心部に位置し、大阪城や難波宮(飛鳥時代の宮殿)周辺の歴史のあるエリアで、戦災を逃れた古い長屋、町家が多く残る街です。翌2005年、古くは花街、昭和初期までの文人が足繁く通った典雅な商店街、東京新宿区の神楽坂で、2006年は市長みずから率先して「辻と小径の景観支援事業」を立ち上げた諏訪。寺社や酒蔵、味噌蔵、共同浴場などが形成する古い路地が特徴です。そして昨年は静岡県、浜名湖の西岸、海辺にある東海道関所の街・新居町。毎年それぞれ歴史的にも地理的にも特徴のある興味深い開催地が続いて来ています。

 そして今年は長野市でした。

 歴史的にも景観的にも魅力のある善光寺周辺の小路や歴史物語をモチーフにしたまち歩きと、既に数年前から「遊学都市」という概念を推進し、市民による文化的な街づくり「エコール・ド・まつしろ」が定着してきている松代のまち歩きを骨子にした2日間にわたるシンポジウムとなりました。

 今回の「全国路地サミット」の企画者は、その「エコール・ド・まつしろ」のプロデューサーでもある石川利江さん。北信地域を中心にあちこちで文化的な地域振興に携わっていらっしゃる方です。
 2日間の参加者はのべ200人以上。石川さんのコーディネイトで集まった豊富なアイディアと人材、街づくりや文化に対する高い認識を持った大勢の人々のエネルギーによって、善光寺も松代も、すべてのプログラムがとても充実した有意義なイベントになりました。

 路地は人々の生活と街の往来を繋ぐ空間です。生活の場の一部なので、その街にある歴史や文化、風土、人々の気風が色濃く表れます。歴史や文化は、誰かの作為ではなく社会や人間によって自然に積み重ねられたいとなみの集積です。
 経済効率や大量輸送、利便性、汎用性の追求を進めて来た日本の街は、戦後、そこに住む人々の存在を街から消滅させる方向に進んで来ました。すごいスピードで進んで来ました。お金によって作られた街は全国どこへ行っても同じ街で、歴史も文化もきれいに刈り取られたコンクリート詰めのトレンディー(笑)な街が全国あちこちに量産されて行ったのでした。

 そんな街では人々は楽しく暮らすことができません。人のちからによって作られた街を求める人々があちこちに現れて、日本全国いろいろな街で面白くて楽しい街づくりの方法が進んで来ています。

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 25日の朝は善光寺界隈のまち歩き。

 コースはふたつ用意されていました。
 ひとつは善光寺七小路。善光寺の境内から門前にある7つの小路を、伝説を繙きながら巡ります。案内人は善光寺平の歴史や街のことについて膨大な研究や表現を続けていらっしゃる「歴史の町長野を紡ぐ会」代表の小林玲子さん。街の隅々まで、歴史の隅々まで、魅力的な物語をたくさんご存知の方です。絵解き口演家でもいらっしゃるので面白いこと請け合い。

 もうひとつは善光寺東之門界隈のお地蔵様巡り。仲見世の堂跡地蔵尊からはじまり院や坊の並ぶ境内を抜けて東へ、新町、岩石町、東町界隈のお地蔵様、庵を訪ねます。夏の夕方には地蔵盆が行なわれる風雅な一隅。城山から東南方向に小高い丘を下る傾斜地で、庵や神社も多く、由来や伝承も豊富なところです。こちらは長野郷土史研究会の小林竜太郎さんがナビゲート。

 午後はメイン会場の大本願明照殿でフォーラム。

 「まち歩きが観光を変える~長崎さるく博でわかったこと」という基調講演で始まり、新居町、別府市、神楽坂、飯田市、諏訪市、そして次回開催都市・神戸市、全国6つの街の事例発表、善光寺と松代、長野市で行なわれているまち歩き2事例の発表、石川さんがリードするパネルディスカッション。かなり濃密な内容がぎゅっと詰め込まれた、栄養たっぷり食べ応えのあるおやきみたいなフォーラムになりました。

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 基調講演を行なった茶谷幸治さんは、2006年に話題を呼んだ「長崎さるく博」の仕掛人。ハウステンボスという巨費を投じたテーマパークが完全に潰えた長崎で、取って付けたハリボテではなく、そこにある、足下にある街の事実、魅力、歴史や文化や人の物語を利用して観光人口の増加を誘発した成功事例を持っていらっしゃる方です。

 観光誘客というと、立派な施設を作ったり東京からタレントを呼んで来てイベントしたり、というような判りやすいことでないと不安でたまらない人たちを上手に導きながら、博覧会を大成功に導いたエピソードです。その経緯を通して、お金の力ではない、人間の感性や知恵の力で街に人を呼び、活性し、経済に好況をもたらす可能性が伝わりました。苦労話や興味深い話が満載。とても面白い講演でした。

 「さるく」というのは「ぶらぶら歩く」という意味の長崎弁。出島やキリシタン大名、ヨーロッパ列強による侵略の水際という特異な歴史風土に彩られた長崎の街、迷路のような街路で構成されたわかりにくい街を、市民ガイドが街のうんちくを語りながら案内するのです。
 半年間の博覧会期間中、参加した人数はのべ1,000万強。75パーセントが長崎市外からやってきた観光客。2次的3次的な波及効果も含めた経済効果は856億円という推計がされている大きな成功事例です。
 なにより、博覧会閉幕後もその仕組みが残り、ひきつづき市民の力、そこに住む人々の力でその状況を維持し続けているという事実が大きな成果です。テーマパークや巨大ショッピングモール、立派な建造物と違って維持費はほとんどかかりません。

 いわゆる「まち歩き」という方法を博覧会として開催した「長崎さるく博」はとても画期的な事例となりましたが、長野市でもこのようなプログラムは数年前から始まっています。

 「エコール・ド・まつしろ」です。
 戦国時代からの波乱に富んだ歴史と豊かな文化によって形成された松代の街を舞台に、市民の生活を本位にした大人のための観光施策を、2003年から数年来ずっと展開しているのです。
 日常生活に隣接している文化財を通して市民が学び、趣味を深め、市民の手で文化財を手入れし、その文化財を活用して松代を訪れる人を迎え、市民によって街の魅力を外に発信して行く仕組みです。松代の美しい街には、ロゴを染め抜いた紺色の暖簾や市民ガイドのみなさんのエプロンをよく見かけます。市民ガイドに連れられた観光客があちこちを行き交い、あちこちで街の文化を踏まえたイベント、園遊会、音楽会とかシンポジウムなどが盛んに行なわれています。
 「大人の遊学城下町・松代」。これによって、松代の街は文化を基軸にした個性的な街として全国に知られるようになりました。

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 26日の朝は、その松代でのまち歩きでした。

 日曜日。
 松代の街の中ではほかにもイベントが行われています。「路地サミット IN 長野」の首謀者・石川利江さんは、街の一番中心にある歴史的遺構・文武学校で「まつしろ・きもの縁遊会」というイベントも同時開催。毎週末、松代では各種のイベントが盛んなようです。
 
 松代の街は善光寺平、長野盆地の南端、蛇行する千曲川の東岸にあります。標高1,000メートル程度の里山に袋状に囲まれた少し手狭な扇状地。北向きに広がる扇状地のほぼ中央に皆神山という標高659メートルの溶岩ドームが異様な姿でボッコリと隆起しているのが特徴です。

 松代城。本名は海津城。築城当時の石垣が風景に馴染んで想像力を掻立てます。

 集合場所の松代城址公園から出発する松代のまち歩きは全部で3コース。
 第1コース「武家屋敷」コースは、文武学校から「れきみち(歴道:歴史の道)」を抜けて武家屋敷群を巡りながら象山の麓を流れる神田川沿いに扇状地の奥へ、象山神社や松代藩の重要人物・山寺常山の邸宅へ至ります。
 第2コース「町家・寺町」コースは第1コース・武家屋敷群の東側に位置する町家、寺町界隈。真田家や筆頭家老・矢沢家、御用商人八田家など松代藩中枢の居所と代々に由縁のある寺がいくつも集まった裕福な地域を回ります。
 第3コース「路地裏探検隊」コースは更に東。江戸時代以降の比較的近代に形成された街区の路地裏を探索。3コースの中でもっとも路地サミットっぽい内容です。

 このほかに、午後のオプションコースとして、象山地下壕に入るプログラムも用意されていました。いわゆる路地ではありませんが、これはとても重要な日本の歴史遺産です。日本の歴史の表裏が見えてきます。

 さて、【路地月間!⑦】で高井さんが「路地裏探検隊」コースのレポートをしてくれたので、ここでは第1コース「武家屋敷」コースの様子をお伝えします。

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 松代は塀と門の街です。どの辻を曲がっても路地に土塀が続きます。ここまで塀が多い街というのもあまり他にはないと思います。松代独特の個性です。職業や武士の階級ごとに居住区が決まっていたため、塀の色彩、高さなどの形状から醸し出される雰囲気の違いも、その路地ごとの物語が感じられて面白いものです。

 そんな松代の街を「夢空間松代のまちと心を育てる会」のガイドさんと一緒に歩きました。波乱に富んだ歴史と経済的な豊かさゆえ、文武にわたる優れた人材を多く輩出した町です。まちへの愛情あふれるガイドさんのうんちくに耳を傾けながら、景観的にも魅力のある街を歩き回るのはとても楽しいものです。

 そして、門。
 いろいろな形、大きさ、建築された年代もさまざまな門が、街のあちこちで個性的な存在感を発揮しています。
 それぞれの門は、過去のあるとき、それぞれの家の事情の中で築造されました。多くは戦国時代から江戸時代。そして時代が巡り巡って、その時々のいろいろな事情によって古びたり壊れたり、改築されたり増築されたり、壁が張り替えられたり屋根が葺き替えられたり、放置されていたり、それぞれの門の物語の中でいろいろな変遷を経てきたのだと思います。
 そして現在、歴史文化を尊ぶ松代の街で、いま住んでいる人々のそれぞれの事情に従っていろいろな佇まいを見せています。こんなに個性に富んだ、物語を感じさせる門があちこちにあると、松代じゅうの門を蒐集して歩いたら面白そうです。門マニアのメッカになるかもしれません。

 個人的に今回のナンバーワンはこの門。
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 ……かなり高度にトマソン化が進んでいます。

 ガイドさんといろいろな会話を交わしながら、一行は歴史を辿って松代のまちの奥深くまで入り込んで行きます。

 松代の個性を形成する中心的な要素のひとつに象山があります。松代扇状地の西南の縁を作っている標高476メートルの、いわゆる里山です。さほど特徴もなく高くも尖ってもいない凡庸な形の山ですが、なんだか妙に存在感があります。
 象山の麓には佐久間象山生誕の地があります。今は広い敷地がぐるりと土塀に囲まれているだけです。何もない広い敷地をこういう形で置いておくというのは、人物への敬愛の念を持っているからできることなのかもしれません。

 隣接する象山神社は佐久間象山を祀った学問の神様。しっかりした大地の力を感じる神社です。境内には象山の蟄居した庵が移築されています。幕末の動乱期に、坂本龍馬、高杉晋作、吉田松陰、勝海舟など、日本を良い方向へ引っ張ろうとした人々が夜な夜な議論に熱中した場所です。

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 象山神社の門前にあるお宅のお庭拝見です。滔々と水をたたえた池には美しい錦鯉がにぎやかに泳ぎ、鬱蒼と緑の茂る豊かな築山には散歩道がぐるりと一周庭を回ります。庭が立派なだけではなくて、縁側のある家屋は古い武家屋敷の造り。柱や壁に永い年月が滲み込んでいます。
 散策の途中で家の方と連絡を取り合ってこういうことができるのも、普通の観光ではない、地元の家々に顔の利く案内人と一緒にするまち歩きの良さですね。

 こういった古い武家屋敷の個人宅を公開してもらうイベントが、松代では1年に2回ほど行なわれているそうです。「お庭拝見」というイベントで、20軒くらいの庭を散策して回ります。今回のガイドをしてくれている「夢空間松代のまちと心を育てる会」の主催で、毎回100人くらいが集まるそうです。

 路地サミット一行は象山の周囲を神田川に沿って奥へ進みます。

 神田川というのは象山の北麓を流れるきれいな川で、ここから引水された豊富な水が松代扇状地の生活を潤しています。
 松代は水の街でもあります。この神田川から引かれた水は、高いところから低いところへ、一軒ずつ家屋敷を巡りながら里全体に広がり、最後に千曲川河岸にあるお城の堀に流れ込みます。それぞれの家の水場を繋ぐ水路を泉水路(せんすいろ)と呼びます。
 どの家の泉水路にも、自分の敷地から次の家へ伝う水路にゴミを濾し取る仕掛があります。下流の人々に奇麗な水を供給するように、最後に流れ込む堀に奇麗な水を供給するように、すべての家で水を大事に流して行くのです。
 全体最適です。「自分さえ良ければOK」という昨今の利己経済主義社会ではありえない考え方です。松代の魅力のひとつですね。

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 武家屋敷群の一番奥にある山寺常山邸の大きな池と泉水路。
 神田川から取水する最初のお屋敷です。池の出口の水門には竹で編んだ仕掛、そこから屋敷の端までは大小さまざまな小石を敷いた水路、屋敷を出はずれる塀の下にはもう少し細かく編んだ仕掛が仕込まれています。
 路傍を流れる水路にも、並んだ家の間口ごと、水路に架かる石橋ごとに竹で編んだ仕切りが組み込まれています。流量の豊富な水路が街のいたるところを流れている様は、街全体を美しくしようという松代の精神性を表すと共に、感性に瑞々しく響く豊かな景観にもなっています。

 ◆◇◆

「武家屋敷」コースはここまでで約3時間。ほんの短い間、街のうんちくを聞きながら歩いただけですが、この街への関心、愛着心は確実に上がります。ほんのちょっと聞きかじっただけですが、人に伝えたい松代の魅力をいっぱい感じてまち歩きは終わりました。にわか松代ファンがひとり出来上がったわけです。これですね、街の魅力を誘発、増幅、発信する仕組み。

 松代の街の中では、この紺色の揃いのエプロンを着たガイドさんに連れられて歩いている観光客のみなさんとあちこちで出会います。エコール・ド・まつしろ倶楽部のガイドさんたちです。今回訪れた日曜日の松代で、このガイドさんたちの姿は本当に頻繁に目にしました。
 みなさん、朗らかに、街のあちこちで立ち止まったり闊歩したりしながら、生き生きと松代の物語を語るのです。そうすると、僕みたいなにわか松代ファンが生まれて、これまたあちこちで松代の物語を語るのです。

 5年前、東京周辺のJR駅で盛んに目にした「エコール・ド・まつしろ」のポスター。そこに描かれていた松代の遊学城下町という理念が、今、こういう形で生き生きと続いているのです。
 全国路地サミット。
 あらためて、ほかでもない自分のところにある個性や魅力、歴史や文化、人々のいとなみを理解し活用することで、本当に地域は活性を取り戻すことができると確信した2日間でした。

 全国路地サミット、来年は神戸ということです。

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 さて、そのにわか松代ファンがいたく感動した物語ですが、これまたたくさんのエピソードで奥深く構築されている魅力的な物語なのです。これを是非、松代レポートとして別の機会にお伝えしたいと思っています。

【Ngene掲載:2008年11月2日】【路地月間!⑧】
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宮内俊宏

Author:宮内俊宏
音楽・文化・アートを柱に、社会が、おもしろく、少し幸せになるような、いろいろなことを試みています。

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