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飯田・りんご並木と裏界線(その2)

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 りんご並木。
 飯田の街の象徴です。裏界線と同じく1947年の「飯田大火」が契機になってできた街路です。現在はリンゴの並木が中央分離帯にあるというだけではなく、街路全体が公園のような機能を有する歩行者優先の道路になっています。

 歩道と車道を分けるのではなく混合させて歩行者優先にしています。公園道路というかんじの珍しい性質の街路です。なかなかユニークなアイディアですね。中央にあるリンゴの並木帯を縫うように大きくS字型に蛇行する水路を通して、ところどころ水場に下りられる場所が設えてあります。ところどころに石橋が架かって、橋のたもとには行灯が4基、夕方になると明かりを灯します。辻々にいろいろな形の座る場所、足を止める装置を配置してあります。水の流れと行灯の光と眺める場所。感性に響かせる勘所を押さえた街のデザインですね。

 飯田大火が発生したのは1947年の春。桜満開の日曜日。干天続きで乾燥しきった春の風に煽られてあっというまに広がった火の手が東西南北に伸びる城下町の狭い通りを縦横無尽に暴れ回り、なすすべなく市街地の大半が焼失したのでした。焼失戸数3,577、被災者数17,800人。
 完膚なきまでに焼き尽くされた被災経験から、市街地を4分割する防火帯が設けられることになりました。万一大火災が発生しても、火元となった四分の一の街区で延焼を食い止めるためです。
 街の中央で交差する2本の防火帯のうち南北に走る緑地帯に、大火の6年後からリンゴが植樹され始めました。それは街の復興を願う中学生たちの提案によって始まったものでした。

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「りんご並木、並木通りの全景」
 中央にグリーンベルトの敷かれた片側2車線の広い通りです。前方、南方向に見えるのがりんご並木。ここから背後には、毎年春に見事な桜のトンネルになる桜並木が街の北はずれにある大宮神社まで伸びています。
 飯田大火のあった1947年はまだ敗戦直後、GHQに統治されていた時期です。大火の様子を撮影したGHQによる映像も現存しています。飯田のような山間の小都市で、敗戦直後にグリーンベルトのある広い道路が建設されたというのは、GHQによってもたらされたアイディアなのかもしれません。

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 ここから少し、りんご並木周辺の様子を眺めてみます。

「通り町」
 りんご並木に交差して東西に伸びる防火帯が通り町。そういうわけで、この通りはGHQによって設計されたという説が濃厚です。
 飯田ではこのほかに、並木通りを北へ上がって行ったところにある「ロータリー」と呼ばれている周回交差点。これもGHQによって造られたそうです。これはヨーロッパの街でよく見かける「ラウンドアバウト」と同じ構造の交差点です。

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「三連蔵」
 通り町とりんご並木の交差点にある三連蔵。大火による焼失を免れて残った3つの蔵を改築して、バー、豆屋さん、カフェ、りんご並木の資料館やギャラリーとして使われています。中庭はオープンテラスになっていて、イベントやワークショップなども行なわれる一角。
 寒い冬の天気の良い日に、このテラスで良く冷えた地酒なんか飲みながらぼぉ~っとしていたら、きっと気持ち良いですね。なかなかステキな一角なのです。

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「飯田最古の道標」
 市街地の南西の一帯、箕瀬という横町へ入る大横町と知久町の交差点にある道標。「南は三州方面へ、北は善光寺及び甲州へ、西は大平を越えて木曽に通ずる」という刻字。いわば飯田の街の起点です。

 りんご並木に戻ります。

 りんご並木の手入れを終えて帰る飯田東中学校の生徒さんたちです。毎日放課後、いくつかのグループに分かれて世話をしてから帰ります。

 大火からの復興を願って1953年に植樹が始まって以来、先輩から後輩へ受け継がれながらずっと東中の生徒がりんご並木の手入れをして来ています。
 植樹から2年後、初めて結実した49個のリンゴはそのほとんどが盗難にあい、収穫できたのは5個でした。全国から寄せられる激励の手紙に励まされ、収穫量が次第に増えて行くに連れて「りんご並木」の名前も広がって行き、幾多の困難を乗り越えながら50年あまり、今では地域ぐるみの財産になってきています。

 りんご並木にはいろいろ魅力的な装置が設置されています。水路や池で遊んだり、芝生の上で休んだり、座る場所もあちこちに、あれこれいろいろな形のものがあるし、石積みの舞台もあります。
 ここにもう少し、人々が行ってみようと思う動機になるものがセットできたら、この街路はとても魅力的なものになるに違いありません。知的な好奇心に結びつくような何かが足りないと感じます。ここにあるセンスの良い工夫や起伏に富んだ歴史を伝えるための魅力的な物語。

 りんご並木と裏界線。個性的な飯田の街路。人形劇や屋台獅子、周辺の山岳地帯に豊富に現存する伝承芸能、祭。かつて豊かに自立していた地域経済に支えられた個性的な文化が蓄積し、特筆すべき優れた現代美術作家を多く輩出し、民俗学、文学、哲学、いろいろな学問が撩乱し、多くの魅力的ないとなみを累々と重ねて来た街なのです。古来からの人の営みから生まれたエネルギーが、街のあちこちに、路地の辻々に溜まっているのを感じます。
 できれば、このエネルギーの流れを分断しないように、風景や空気や水の流れを分断しないように、新しい街のかたちができていって欲しいと思います。
 いい街です。

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【Ngene掲載:2008年9月26日】【路地月間!⑥】

りんご並木ホームページ
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宮内俊宏

Author:宮内俊宏
音楽・文化・アートを柱に、社会が、おもしろく、少し幸せになるような、いろいろなことを試みています。

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