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遠山郷・旧木沢小学校 ~下~

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 南信州、遠山郷の山あいに建つ木造校舎・旧木沢小学校は、昭和7年、1932年の春建築。五・一五事件が起きた年です。軍事クーデターが起きて総理大臣が暗殺され、軍国主義の時代へ入って行く年に、この校舎はここに建てられ、それ以降続いている日本の迷走を、この谷間から見続けてきたわけです。
 その間、ここ遠山郷では、軍用材確保のための森林開発による好景気、人口急増と、乱開発を要因とする衰退、高度経済成長期の若年層の流出、急激な過疎化を経験しました。76年という齢の中で、コミュニティーの膨張と収縮を見て来た近代史の精髄が、この校舎には含有されているように感じます。

 校舎から広い校庭を見た右脇に、木沢の人たちが「宿直室」と呼んでいる棟があります。雑然とした、共同炊事場のような雰囲気なのですが、なんだかほっとする、居心地の良い場所です。
 ある晩、ここで、木沢地区活性化推進協議会・会長の松下規代志さん、霜月祭保存会・会長の鎌倉博登司さん、おふたりとお話しすることができました。話の中から感じた遠山郷、木沢のことなどを少し記述しておこうと思います。

 過疎化が進んでいる木沢では、日常的に、いろいろな困ったことがあります。
 まずは、やっぱり、霜月祭という側面から、そのことは語られます。高齢化と若年層流出による氏子減少、霜月祭の担い手不足。祭の準備から本祭まで、およそ年代別に、それぞれの役割を担うわけですが、村に住む若者が減ってしまい、人手が足りなくなっているのです。
 お年寄りたちは、外出することも少なくなっているようです。足腰が痛く、車にも乗れないので、自然と家の中にこもりがちになり、ご近所同士のお喋りも少なくなってしまいました。
 昨年末、木沢正八幡神社の霜月祭に来たときに、神社の下にある鎌倉商店のおじいちゃんに聞いた、農地の荒廃も深刻です。鎌倉商店のおじいちゃんは、農地荒廃の解決が、いちばん急務だとおっしゃっていました。
 これは、単純に休耕地が増えて行くというだけでなく、シカやサルやイノシシが畑を荒らす被害も、年々増加しているようです。けものが増えたのは、畑や草刈場の縮小、エサになる雑木の減少、温暖化による発情期の長期化、高齢化や山肉相場の下落による狩猟の減少など、いろいろな理由が考えられています。

 けれど、けして、木沢の人達は、希望を失ってしょんぼりしているわけではありません。木沢地区活性化推進協議会は、「話さまい会」というワークショップを通して「木沢の宝・大発見マップ」を作ったり、お年寄りが外出する機会や、コミュニケーションをはかったり、その中から、解決すべき問題を洗い出したり、また、南信州の他の地域と恊働するための「愉快な仲間たち」ネットワークに参加したり、独自のアイディアで、ぐいぐいと問題の解決に挑んでいます。

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 「限界集落」という言葉があります。65歳以上の人が人口の50%以上を占める集落を、「高齢化が進んで共同体の維持が限界に達している集落」と定義付けています。統計的には、何らかの根拠でそういう定義が生ずるのかもしれませんが、その概念の中には、人のエネルギーや集落の持つ個性、文化や精神性、人々の誇りなど、数値に変換できない要素は含まれていません。
 統計的な思考、数量でものごとを解釈する、定量的な方法ばかりが、日本では着目される傾向があります。数字で表せば、確かにわかりやすいわけですが、昨今の日本の社会は、とにかく、わかりやすいものしか受取ろうとしない風潮があります。けれど、そのわかりやすさは、問題を正確に把握し、解決する方法を覆い隠してしまう場合があります。
 ここで必要なのは、人口や所得水準ではなく、そこにどういう人がいて、どういうアイディアが生きているのか、ということになってくるのです。人のアイディアが持っているエネルギーのことを視野に入れないと、人が集まってかたちづくっている社会は、前へ進めないのです。

 「自分たちのことは自分たちでするんです」

 いろいろな話をする中で、松下さんや鎌倉さんは、何度かそうおっしゃっていました。それは、ごく普通の言葉なのですが、与えられる利便性に馴れきってしまった現代の人々に、どれだけそれができるでしょうか。
 木沢のような山間の集落では、生活のすべてに渡って利便性が低く、互いに助け合うことで、いろいろな問題を解決して来たということを、ここの人々は、ごく当たりまえのこととして認識しています。便利なものがたくさん用意されている、他の地域と比べて嘆くようなことは、まったく考えていません。

 南信濃村が飯田市に合併したことについて訊ねると、情報発信に広がりができること、負担の分散が可能になることなど、長期的に見て有益な要素が大きい、という答えでした。行政の中心が離れた分、当然、末梢感は強くなっているけれど、もともと自分たちは、自分たちで助け合いながらやって来たから、平気なんだ、ということなのです。たぶん、この地域の根底には、極太の精神が一本、通っているんですね。

 木沢小学校が廃校になったとき、この校舎をどうするべきか、いろいろな議論が交わされました。その中から木沢の人々が選択したのは、そのままの姿を維持しながら、後の世代に、活きた意義や価値を残して行くことでした。なので、この校舎の中では、意図的に、廃校になったときそのままの状態を保存しています。
 けれど、それは単なるノスタルジーを求めて、死んだ標本として固定保存しているのとは違います。木沢の家々から徐々に集まって来る、木沢の生活文化の結晶ともいうべき物品が、時代に沿って、次第に展示を充実させていくのです。風化するものは、風化することを前提に、放置されるのではなく、掃除され磨かれながら時を経て、時間が経つほど豊かに、この谷間に宿る文化や精神を、活きたままここに存続させて行くのです。
 わかりにくいけれど、それは、とても大事なことで、そこに積み重ねられた文化や精神を、その場に、ほど良い姿で残して行くという方法は、いろいろな状況の中で、社会が誇りを持って活きて行くための、指針になるはずなのです。普遍的永続的な生命力を持ったアートのように、そこから、受取り手が、自分の解釈と想像力を駆使して、適時的なアイディアを創造するための、礎になるものなのです。

 廃校当時から校舎の保存の問題に取組んで来た、松下さんや鎌倉さんの言葉からは、そういった長期的、文化的な視野を含んだ、重層的な思考が伝わって来ます。松下さんも鎌倉さんも、別に、学術的な分野でそういうことを考えている方ではありません。生活の中から導き出されて来た考え方なのです。
 その考え方の理由を訊ねると、「そうすることがあたりまえなんだ」という答が返って来ます。
 きっと、そういうことなのです。

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 廊下や階段には、遠山出身の写真家・秦俊夫さんの作品が、常設展示されています。この谷間の人々の生活を、克明に愛情を持って記録した、秀逸なドキュメンタリー作品が並んでいます。
 校舎の中では、いろいろなテーマの写真展や、霜月祭に関する展示が常設されています。ここで長い年月を経て、これからも長い年月を過ごして行く生活の品々を、祭の道具を、教材やピアノやオルガンを、少しずつ手入れしながら、現存させて行くのです。そういった眼に見えないアイディアの蓄積が、ここを訪れる人々に大きな活力をもたらしてくれているのを感じます。

 ストーブで暖まった宿直室の、大きなテーブルで話をしていると、木沢の人達が三々五々集まって来ます。

 夕方、製材所での仕事を終えた帰りだという、高橋輝成さんが宿直室にやって来ました。高橋さんは、数年前から、木沢の人々と一緒に地域の問題に取組んでいる、経済アナリスト・藤原直哉さんが主宰する「遠山藤原学校」の事務局長として木沢に移り住み、住民として、地域のいろいろな仕事や祭に参画している、まだ20代前半の方です。
 数年前、大学時代に初めて木沢を訪れ、この旧木沢小学校の校舎の中で、直観的に「自分はここに住もう」と考えたそうです。どんな理由でそう思ったのかを訊き出そうとしたのですが、ご本人も、はっきりとはわからないそうです。遠山郷の大きな自然に触れ、厳しい谷間に人が住む有り様に驚きを感じ、この校舎の中へ足を踏み入れたときに、「そう決めた」ということなのですが。

 おそらく、こういうことが、アイディアのエネルギーの成せる技なのだと思います。わかりやすい数値やスローガンとは別の次元にある、目に見えない人間のアイディアのエネルギー。それは、この「旧木沢小学校の古い木造校舎」という、建築物の深層から発生する、そこに注ぎ込まれた遠山郷・木沢を取巻く、すべての人々のアイディアのエネルギーから、生まれて来るものなのだと思います。それが「文化」というものなのかもしれません。

 このことを、僕達が社会水準で理解するには、まだまだたくさん時間がかかると思いますが、こういう場所に来て、こういう場所で人と出逢って、いろいろな話を交わして行くことで、その本質に接近することができるかもしれません。
 松下さんと鎌倉さんと「もっとゆっくりできる日に、酒でも飲みながら、のんびり話をしましょう」という約束をして、日暮れ近く、旧木沢小学校を後にしたのでした。

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【Ngene掲載:2008年3月28日】

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宮内俊宏

Author:宮内俊宏
音楽・文化・アートを柱に、社会が、おもしろく、少し幸せになるような、いろいろなことを試みています。

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