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映画「龍宮」完成

 長野県の最南端にある山あいの村、天龍村と遠山郷で撮影された映画「龍宮」が完成しました。
 南アルプス、赤石山系の深い山襞を、遠州・静岡県西部から諏訪湖の畔まで、山脈に沿って縦走する、秋葉街道と遠州街道が交錯する谷間の村々。美しい自然と素朴な暮らしを背景に、質感の高い魅力的な作品に仕上がっています。

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 監督の太田信吾さんは、現在大学4年生。「天龍村アートプロジェクト」という興味深い活動を、4年間続けて来ました。毎年夏休みに、複数の大学からアート分野の大学生を募って、天龍村へ滞在し、農作業を手伝いながら、一ヶ月間アートの制作を行なう、というプロジェクトです。この発想自体とても有意義で面白く、地に足の着いた自然なクリエイティビティーを感じます。

 先月、11月18日に、現地・天龍村で完成直前の試写会が行なわれました。
 まだ整音も済んでいないラフ編集大詰め段階の作品を持って、天龍村を再訪したのは、太田さん、助監督の川津さん、助演俳優の安西さん。
 会場の文化センターに到着すると、遊んでいた子供達が早速3人を取り囲み、「ひさしぶりだなぁ!」口々に話しかけます。「なぁなぁ、今あの人とつきあっとるんだら?」なんていうオマセな質問も、なんとも打ち解けた雰囲気。

 映画「龍宮」は、天龍村で長期滞在を重ねる中から着想を得た物語(フィクション)ということです。愛情、悲しさ、残虐性や優しさ、山間の村の純粋な美しさと閉塞性、すれ違いを生む人間の業の物語です。けして天龍村をプロモートする作品として制作されたわけではないのですが、映画は全編、天龍村や南信濃の壮大で明媚な自然を背景に、実在する村の中で撮影され、その場所に宿る歴史や文化、神秘性に触れながら、美しい物語となって進んで行きます。

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 山村の古家で、寄り添うように生きる、面彫職人の父と娘の物語。

 父の彫る面は、村を守る神社に毎年奉納される逸品でありながら、おそらく失語症のうえ極めて不器用なために、村から孤立している。娘も、やはり、村の人々に馴染めず、学校では陰湿ないじめに遭っている。どこにも行き場所の無いふたりだけの、寡黙で純粋な愛情は、純粋さゆえに理解され難く、周囲からは、奇異の眼で見られている。

 思春期を迎えた娘は変わる。父娘は、幼少期と同じではいられない。それを解釈できないまま、ふたりの間には、深い溝ができてしまう。

 かけがえのない存在を失なった後に残る、深い愛情の予感と、鬱蒼とした深山のように、また始まる変わらない毎日。問題は解決を見ないまま、物語はスクリーンから消えます。
 けれど、観終わったとき、気持ちの中に、明日のための静謐な光が残るのでした。

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 けして、テレビドラマのように、解りやすい起承転結はありません。安直な感情移入は極力排除しながら、物語の多くの部分は、観る人の想像力に委ねられているように思えます。このあたりは、機会があれば、監督の太田さんの話を聞いてみたい点ですが、この作品は、そんな余地、観る人の感受性が自由に動くことのできるスペースを、含んでいると思います。

 受取る側の想像力を信頼して委ねるところに、芸術性は生成されます。その場で消費されて終わる風俗と、普遍性を持って更に新しい想念を生む芸術の違いは、概ねそのあたりにあります。

 おそらく、物語映画としていくつかの改善点はあると思います。しかし、卒業制作として取組んだ、ほぼ自主制作の初回作品を、このクオリティーで作り上げている点は、特筆に値するものです。
 映像作品としての質の高さ、光や色彩、構図といった、ディテイルを作るセンスの良さ、村の子供達や俳優の演技を、生き生きと映像に収める手腕、天龍村に実在する民話を導入部に配し、桃源郷のような幻想的な風景を多用しながら、現代社会の卑近な問題を通底させる手法など、この作品は、単なる習作では終わらない可能性を帯びていると思います。

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 この映画が、来週12月20日に早稲田大学大隈講堂で開催される「第20回早稲田映画まつり」の本選で上映されることになりました。76作品の中から、10本程度がセレクトされた本選です。審査員は、大林宣彦、根岸吉太郎、内田けんじといった、錚々たる顔ぶれです。
 ほかにもいろいろな映画祭に出品される予定。

 楽しみです。

長編劇映画「龍宮」(2007年/88分/DV/color)
出演:宮本大誠、小深山菜美、森みつる、宮川浩明、なるせ華、安西良
監督・脚本・編集:太田信吾(第一回監督作品)
プロデューサー:伊藤愛、太田信吾
製作:天龍村アートプロジェクト

【Ngene掲載:2007年12月12日】 文、写真:宮内俊宏
 § § §

【追記:2011年2月27日】

 早稲田大学学内のコンテストである「第20回早稲田映画まつり」で、この映画の受賞はありませんでした。講評を聞く限り、大学生のつくる映画としては、ちょっとオーソドックス過ぎたのかもしれません。
 けれど、太田信吾さんの、映像をつくるアイディアとエネルギーは、とても高い水準にあると思います。

 芸術表現について批評する時は、おしなべてどの表現も、作品という表現された部分に限らず、表現者の思想や姿勢などにも留意するべきだと思いますが、この映画については特に、作品の前提として、大学生である太田さんが持っていた、社会に対する思想や行動のことが、僕には、とても興味深いものでした。

 たとえば、教育の場で限定的に利用されていた「山村留学」という方法に、専門的な水準でアートを試みる学生たちの、制作の場を結びつけたこと。今でこそ、「山村留学」や「アーティスト・イン・レジデンス」という方法は、全国のあちこちで盛んに行なわれていますが、太田さんが「天龍村アートプロジェクト」を開始した2004年当時は、まだ、あまり一般的に活用される方法ではありませんでした。

 本来、創造と地域性は緊密に関係するはずのものです。そして、創造することにも、そこに地域があることにも、歴史は絶対的な前提条件として、それらの存在の根幹にあり、それらの存在意義となり、個性となり、力となります。日本では、それらのものが、あまりにもばらばらで、あまりにも乖離していて、日本の芸術全般に文化としての力強さが宿らない要因のひとつになっています。

 2008年春に大学を卒業した太田さんは、映像系の会社への就職を目指すべきか、インディペンデントの映像制作者を目指すべきかを考えた末、いま、東京都内の劇団に所属しながら、独自に映像の制作を続けています。
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宮内俊宏

Author:宮内俊宏
音楽・文化・アートを柱に、社会が、おもしろく、少し幸せになるような、いろいろなことを試みています。

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