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皆神山の麓の田んぼで…

 松代。
 皆神山のふもとにある小川家の田んぼでは、5月に植えた稲がすくすくと育っています。

 このあたり一帯に広がる小川家の田んぼのうち、元気に稲の育つ青々としたこの一枚はナノグラフィカの高井綾子さんが手伝っている田んぼです。そして、小川家というのはネオンホールの店長である小川哲郎くんの家です。持ち主は哲郎くんのおじいちゃん、今はお父さんが田んぼのあるじ、お世話をしています。

 5月下旬のある日、植え終わった田んぼの様子を見に行くという高井さんと哲郎くんを追いかけて行ってみたのがこの写真。
tanbo1.jpg

 あたりはまだ田植えが始まったばかり。もちろん終ったところもあるのですが、水を入れ始めたばかりの田んぼもまだあちこちにありました。

 田植えはほとんど初めてという高井さんですが、なかなかの早乙女ぶりです。
 この日は、一通り植え終わった田んぼを見回りして植え足したり直したりする日ということでした。黙々と……?にこにこゆるゆると作業は進みます。そういえば、この日の夕食はおじいちゃん家の縁側でカエルの声をききながら、ということでした。
 いいなぁ。

 田んぼにはいろいろな生き物が生活しています。
 最大派閥のカエルたち、トンボ、ヤゴ、アメンボ、ミズスマシ、メダカ、タニシ、ザリガニ、などなど。水の入った田んぼは栄養たっぷりなので、方々からみんなが集まって来るのです。

tanbo11.jpg


 手足がそろったばかりの豆ガエルたちが、周囲の道路や畦にあふれています。夥しい数の豆ガエルたちが、まだうまく動かせない手足を一生懸命使って、飛んだり跳ねたり、這い回ったりしています。ほんとにおびただしい数です。当然、車や人に踏みつぶされてしまう不幸なヤツも少なからず。

 みんなで哲郎くんと高井さんの田んぼを眺めています。
 「蛙の学校」という歌はありませんが、学校みたいです。学校に集まって、みんなで勉強したり飛び跳ねたり、楽しそうにいろいろやってるような……。

 ◆◇◆

 食料自給率の危機的な状況が叫ばれていますが、おそらくそれよりももっと根源的な部分で、今の社会から何かを感じた人々が「農」に取組み始めています。本気で深いところまで、たとえば自然農法や地球環境のことまで踏み込む人から、今の仕事やライフスタイルを保ちながらできる範囲で取組む人まで、グラデーションはいろいろありますが、確かに「農」に携わり始めています。

 「農」はかつて生活の基盤にありました。現在のように産業として分割された形ではなく、さまざまな分野の人々の生活の基盤にあったのです。
 古く、戦国時代、武士はふだん農業を営んでいました。
 そして、職人も、商人も、ものを作ったり商いをする傍らに必ず畑や田んぼがあり、ニワトリや牛がいたのです。これは、そんなに昔の話ではありません。アジア太平洋戦争くらいまで、日本の社会にはそういう形で「農」が存在し、みんなに共有されていたのです。

 日本は気候が温暖で山岳地形が多く降雨も適量。耕作面積が稼ぎにくい地形を、地球としっかり対話しながら開墾し、美しい棚田の風景とともに豊かな社会の形を作って来ていたのでした。

 自分の手で作り、収穫した糧で毎日の生活をしっかり暮らす。

 それが、豊かで人間的な社会のありさまだと思います。別に「自分だけで自給自足をするんだ」というような原則的なことではありません。この社会の形のことです。農業が経済的な産業構造の中からいくばくかを生活の基盤の部分にシフトして、経済外活動がもっと盛んな緩やかで人間本位の社会の姿に戻ること。
 資本主義にとっては邪魔な部分かもしれないけれど、そうなって行ったら社会は、人々の生活は幸せになってゆくのだと思います。だからきっと、創造的な若い人々を中心に「農業をしながら自分のやりたいことをする」という人が増えてきているのです。
 
tanbo8.jpg

 皆神山のふもとの小川家の田んぼ。高井さんと哲郎くんが田植えをしたこの田んぼを、ひとまず今年一年間、追いかけてみようと思います。

【Ngene掲載:2009年7月15日】
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宮内俊宏

Author:宮内俊宏
音楽・文化・アートを柱に、社会が、おもしろく、少し幸せになるような、いろいろなことを試みています。

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