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「夜ごとに神々の集う」~霜月の遠山郷を訪ねました~

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 霜月・12月の遠山郷には、日本全国(いや、世界?)のあちらこちらから、八百万の神々が集まって来ます。特に中旬、12月10日から16日の一週間は毎日毎晩、この谷のどこかで、湯立神楽が行なわれるのです。なんだか、神様たちのゴールデンウィーク!みたいな賑やかさ。
 その10日夜、木沢の正八幡神社で本祭が行なわれる夜に、遠山郷を訪ねてみました。北から入って、木沢まで、一つひとつの集落を巡り歩いてみると、この谷では、本当に、そこかしこで神を感じます。神、つまり自然の摂理と一体になって、寄り添うように生きてきた谷。自然と、万象と、すべてのものごとと一体になった人間の社会が、かつての日本にはあったことを、この谷間の里ではとてもリアルに感じます。

 遠山郷は長野県の最南端、南アルプスの傍ら、フォッサマグナ・中央構造線の真上を南北に走る深い谷間の里です。谷底を流れる清流・遠山川に沿って谷間を往く秋葉街道は、秋葉信仰以前、秋葉という名前が冠されるよりずっと前からの街道。先史時代からの古道です。遠州の塩を信州にもたらし、諏訪の黒曜石を東海道まで運ぶ、重要な経済の道だったのですが、それと同時に、管理された東海道を避けて通る人々、国家からの逃亡者、旅芸人などが盛んに往来した、信仰、神事や芸能の道でもあったのです。

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 12月10日。よく晴れた、月あかりの明るい夜でした。時折、遠山川から立ちのぼる霧が、山肌を駆け上がり、雲に変わって稜線を流れて行きます。中空に、まんまるい月。満天の星は、月明かりの中でもきれいに見えます。遠山川の流れが滔々と谷間に響き、遠くで鹿の鳴き声。かすかに神楽の太鼓が聴こえるような気がします。
 川霧が立って、谷間の奥に溜まると、山襞に沿って上がって行く。静かに動く墨絵のような情景が、月明かりで荘厳に照らし出されます。霧の向こうから、神楽の音に乗って、神様の行列が現れて来そうです。なんだか「千と千尋の神隠し」の冒頭シーンに現れる神様満員御礼の舟が、谷の奥から出て来そうな。映画「千と千尋の神隠し」は、遠山の霜月祭に強く影響を受けたということですが、確かに、この谷間の風景や空気の中には、神を感じる何かがあります。

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 遠山郷は、北から「上村」「木沢」「和田」の3つの地区に分かれます。北から遠山郷に入ると、まず上村の「程野」という部落があります。矢筈トンネルを抜け、曲がりくねった山道を下ったところに、最初に現れる集落。ここでは、秋葉街道のすぐ脇にある程野正八幡神社が、霜月神楽の舞台。この週・霜月ゴールデンウィークの半ば、12月14日に本祭が行なわれます。

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 月明かりに浮かぶ程野正八幡神社。
 神社の側にある集会場に、なにやら大勢の人が集まっていて、中から笛や太鼓の音が漏れて来ています。本祭りは4日後。神社の境内はまだ何も用意されていませんが、早くも祭の雰囲気が流れてきます。
 程野から秋葉街道を南下すると「中郷」。この部落の霜月祭も正八幡神社で行なわれます。遠山川西岸の斜面を少し上がって行った、お茶畑の真ん中にある、こぢんまりした林に囲まれた神社です。中郷の本祭は少し早く、12月6日に終わっていて、集落は、しんと静まり返っていましたが、月明かりに浮かぶ茶畑の中の神社は、それはそれは美しいものでした。ちょっと暗すぎて写真にできなかったのが残念。

 このあたりから西の山中へ上がって行ったところに「下栗」があります。「赤石銘茶」の産地である遠山の中でも、もっとも茶畑が多い地区です。そして、茶畑で桶を転がすと谷底まで拾いに行かなければならない、と表現される急斜面が、下栗の景観的な特徴。急斜面に畝を打った茶畑と集落、つづら折りの山道、手の届きそうな眼前に広がる南アルプスのパノラマは、「日本のチロル」と呼ばれる絶景。いや、特にスイスに準えなくても、かなり感動的な息をのむ絶景です。
 その下栗では、程野の前日、12月13日に、拾五社大明神で本祭が行なわれます。拾五社大明神は、ものすごい急斜面の中腹にある神社で、竈の形状も式次第も独特、面の数も他の神社の倍近く登場するお祭りなのです。一度は行きたい下栗の本祭。

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 そして、上村地区の中心地は「上町」です。中郷からさらに下った上村の南部にあります。
 この上町正八幡神社では、12月11日に本祭が行なわれます。訪れた10日の夜は宵祭り。神社の境内には明々と灯がともり、人々が集まって社殿の中で本祭の準備をしたり、宵祭りの行事を進めています。宵祭りというのは初めて目にしましたが、随分と静かに進むのですね。

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 遠山郷の中でも、この上村は、もっとも霜月祭の継承に力を入れています。上村中学校の文化祭「しゃくなげ祭」では、上町、程野、下栗、中郷、各部落の生徒たちによる「郷土の舞」が毎年披露されていて、祭を受け継ごうとする生徒たちの、強い意欲が引き継がれています。休みを利用して練習を重ねたり、地区の古老に、かつての祭の話を聞きに行ったり、その真剣な姿勢は、凛々しくもあり、楽しそうでもあり、とても魅力的。最近は、本祭でも中学生の舞が披露されるまでに、発展しています。この晩の宵祭にも、中学生が大人に交じって参加していました。残念なことに、今年度いっぱいで上村中学校は廃校になるのですが、30年以上続けられて来たこの有意義な活動は、来年度から遠山中学校に統合されても、また別のかたちで継承されて行くはずです。(「遠山郷・上村中学校のこと」参照

 さて、上村からひとしきり南へ走ると木沢地区に入ります。現在、木沢では、概ね4つの神社で霜月祭が行なわれています。
 まずは、上村との境にある、八日市場と中立、隣接する2部落、八日市場の日月神社と中立の稲荷神社で一年交互に、いわば霜月祭の幕開けとなる12月1日に、本祭が行なわれています。いずれも街道をはずれた山中にあって、鬱蒼とした森に抱かれた、素朴な佇まいの神社です。
 そして、その南隣りの「上島」の白山神社で12月6日、いちばん南の「小道木」にある熊野神社で12月7日、それぞれ本祭が開催されます。ここにある白山神社と熊野神社は、どちらも、普通の神社の雰囲気とは明らかに違います。鳥居があって、石段があって、神を祀る社殿がある、という造りのものではなく、むしろ里の人々が集って籠るための場所といった風情。いわば、神社の原型に近い形なのではないでしょうか。とてもプリミティヴなエネルギーを溜め込んだ場所です。

 そしてこの日、12月10日の最終目的地がここ、木沢地区の中心地である木沢正八幡神社です。

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木沢正八幡神社の霜月祭の様子は「霜月まつり」参照

 霜月祭は、その地区や部落によって、神社によって、それぞれ独自の流儀で行なわれます。舞のかたちも、笛の旋律や太鼓のリズムも、式次第も、霜月神楽という大同の下、それぞれみんな違った形を有しています。面や神様もいろいろで、すべての霜月祭を見ないと、八百万の神様たちのことはわかって来ない。その神々との関わりは、とても豊かで面白く、この谷間の里の個性的な景観、エネルギーの高い山岳地帯特有の雰囲気と相まって、近代以降の驕り昂った世界観を凌駕する価値、魅力を感じるのです。自然と人間との間にある、自由で誇り高い存在理由。戦後の日本の社会が失ってしまった大切な存在理由が、この谷間の祭にはあるのです。

 さて、遠山郷の最南部の地区は、「和田」。ここは遠山郷でいちばん栄えた宿場街であり、この地の豪族・遠山氏の居城があった地区です。ここでの祭の様子は上村や木沢とちょっと違うと言われています。おそらく和田には、上村や木沢の霜月祭が持っているような素朴でプリミティヴな性質よりも、宿場の祭特有の賑わい、明朗快活な気質があるように感じます。
 現在、和田では諏訪神社と八重河内の正八幡神社のみ、霜月祭が残っていて、それぞれ、12月13日と15日に本祭が行なわれることになっています。

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 そんなわけで、今年の霜月祭の日程を並べてみると、こんなかんじです。

 12月1日(月) 八日市場・日月神社(木沢)<隔年開催:中立・稲荷神社(木沢)>
 12月6日(土) 中郷・正八幡神社(上村)、上島・白山神社(木沢)
 12月7日(日) 小道木・熊野神社(木沢)
 12月10日(水) 木沢・正八幡神社(木沢)
 12月11日(木) 上町・正八幡神社(上村)
 12月13日(土) 和田・諏訪神社(和田)、下栗・拾五社大明神(上村)
 12月14日(日) 程野・八幡神社(上村)
 12月15日(月) 八重河内・正八幡神社(和田)

 霜月祭が開催される地域、神社の数は年々減って来ています。この祭の継承についてはいろいろな考え方があり、それぞれの地域で独自に工夫しながら、いろいろな変遷を辿っています。

※現日程の情報はこちら
「霜月まつりの神社と日程」

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 社会の中で、祭が隆盛したり衰退したり、それはいろいろあると思います。どちらが良いか、という問題ではないように思います。大切なのは、その地域の個性、その地域の流儀を持ち続けられること。個性や流儀はその地域の存在意義に結実します。願わくば、その地域の存在意義を失うことの無いよう、そこに住む人々、そこに集う人々による、その人々のための祭、そして祭を取巻く一年間の生活があって欲しい。そのことに愛着を持ち、訪れることに誇りを感じることのできる人々がそこを訪れ、そこに住む人々と自由闊達に交流することのできる祭であって欲しい。国家や消費経済の枠組みではない、人間を本位にした祭や生活が、自由な誇り高い文化として生き続けて行って欲しいのです。

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【Ngene掲載:2008年12月18日】
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プロフィール

宮内俊宏

Author:宮内俊宏
音楽・文化・アートを柱に、社会が、おもしろく、少し幸せになるような、いろいろなことを試みています。

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